どんな事を考えてメンタルを保っていたか

子どもは劇的に回復してくれましたが、そこに至るまでは非常につらい時間が続きました。初めての子が産んですぐ自分のそばからいなくなってしまうだけでも苦しいのに、その子が命の危機に面していると言われ、無事なのか見ることも叶わないのはただただ悲しかった。なんというか、純粋培養した悲しみというか、何もしていなくても涙が出てくる状態でした。

 

自分を責めるのをやめたきっかけ

産んだ当日子どもが入院したNICUに向かいたかったのですが医師からOKが出ず、その日の晩は産院で過ごしていました。

眠れなくてナースコールを鳴らして看護師の方と話したのですが、その時こんな話をしてくれました。

「私は以前NICUで働いていて、いろんなお母さんを見てきた。あの頃は若くて赤ちゃんに会いに来れなくなっちゃう親を『なんで!?』と責める気持ちもあった。でも、今自分が親になってその気持ちがよく分かる。その時出会ったお父さんお母さんたちは、皆そろって優しい人たちだった。大変なお産やダウンちゃんや障害をもって生まれてくる子たちは、不思議とそういう優しい人のもとを選んで産まれてくる。」

 

翌日私は夫と一緒に初めてNICUに行き、我が子を見ることができました。鎮静剤を打たれて寝かされてまぶたがピクピクしていました。触ることができるのはおでこや二の腕、片方の足の指くらいでしたが、柔らかくて悲しいくらい可愛くて、それでもやっぱり異質な状態に置かれてしまっていることが辛かったです。

 

NICUに併設されているロッカールームで夫と二人になった時、夜看護師さんに言われた話を思い出しました。

産まれてくる前、頭がよくなってほしいとか、そんなこと願わずにただ元気で健康に産まれてきてほしい、幸せに生きてほしいってそればっかり願ってたなあ。優しい親の元を選んで不思議とNICUに入るような子どもは産まれてくるって言ってくれたんだけど、自分達がそういう子どもの幸福を願うような親だったから、あの子は大変な状況になっちゃったのかな…自分達がもうちょっと違ったら、ああならなかったのかな…

 

そんな話を夫にしていたのですが、ふと

 

でもそしたら、あの子は他の優しい親の元に産まれちゃうのか。それは嫌だな。

 

と思ったのです。

我が子が自分達のところを選んで産まれてきてくれて、他の親の元にいってほしくないと思った私は、自分達にできることをしようと考えました。

 

子どもが回復すると考えられた理由

原始時代に健康な青年が骨折したらおそらく誰もが嘆いて絶望するでしょう。でも、現代の世の中で同じことが起きて絶望する人はまずいません。適切な治療を受けられれば治るものだと認識しているからです。同じように、子どもの病気をどうとらえるかはこちらの認識の問題だと思いました。

また、たとえ原始時代に骨折したとしてもちゃんと添え木を当てれば骨折はキレイに治るものです。物事には道理がある訳で、適切な治療を受ければ治るものなのだと考えました。私が直接できなくても、医療のプロが最高のケアをしてくれると信じました。

 

子どもに接する時に考えてた事

その上で、まず私は「当たり前に元気になると明るく期待する」ことにしました。

子どもの頃、親が当たり前に「私ちゃんならできる」と期待してくれると心が満たされました。相手は産まれたての赤ちゃんでしたが、一歩一歩この子はいろんな事を乗り越えるんだ、医師も最高の治療をしているからちゃんと物事の道理に従ってこの子は元気になるんだと期待しました。そう考えながら我が子に触れていると、温かくて柔らかくて気持ちが満たされました。苦しい中で期待し続けられたのは、歯を食いしばって耐えたからというより、ホッとする気持ちになれたからというのが大きいです。

 

それでももちろん気持ちが沈むことは沢山ありました。

お腹の中にいた頃、私は「優しくて、聡明で、健康なぷりぷりの体で産まれてきてほしい。100歳まで元気に生きてほしい」と願っていました。

子どもは早い段階から胎動が激しくて、後期になるとあばらをグリグリ蹴られたり膀胱を押されたりしていたのですが、「あばらが折れちゃう」とか「膀胱が暴行されている!笑」と言っていたら、だんだん違う場所を蹴ったりトイレの時にそっと頭で膀胱を押したりするように変化していきました。

自然な変化なのかもしれませんが、私にとっては「話してたことが分かるなんて、なんて賢い子なんだろう」「本当は体が大きくなって狭いのに、私のオシッコが漏れちゃわないようタイミングを見てそっと押すなんて、なんて優しい子なんだろう」と思っていました。体重もしっかりあって、産まれてくる前から子どものために願っていたことを沢山叶えてきてくれて、とても嬉しかったのです。

だから、産まれてくる前からこれだけ願いが叶うなら、100歳まで元気に生きてほしいという私の願いも必ず叶うから大丈夫だと思いました。悲しみに沈みそうになる時は必ず長生きするから大丈夫だと自分に言い聞かせていました。そうやって言い聞かせてると、会えた時気持ちがパッと明るくなりました。

 

退院した今も、心配な時は「沢山生きようね、沢山幸せになろうね」と言い聞かせています。むしろ「これだけ大変な状況を子どもは乗り越えてくれたんだからボーナス付きで回復してもらう!」と考えています。